saienji's blog プププのプゥだぜぃ

ニューハーフな心で世界をおしおきよ!!

プレイボーイ龍馬の手口

今回の龍馬伝・本編に入る前の「振り返り・おさらい」タイムで、前回「暗転処理」した池田屋襲撃事件のアクションシーンを入れてみたり、新撰組に殴り込みをかけそうになった龍馬を桂小五郎が止めてみたりと、、最初の数分で、色々とやってくれましたね〜。
(短いけれど久しぶりに聞く秋山蓮の声、懐かしい〜。でも明日夢の声は、えっ?って感じ)
このあざとい位の手際の良さ、まるで菅内閣発足と民主支持率のV字回復を見てるよう(笑)。
おまけに亀弥太の死に様の描きようが、「まるで龍馬のひき立て役かよー、いくら何でもそんな脚本の書き方はないぜよ。」とかブーたれてた視聴者に配慮してか、お龍に「その人は志を貫いて死んだんでしょう。志を認めてあげるのが供養ではないんですか!」と言わせてみたり。
やるなー痒いところに手が届きすぎて怖いくらい。

所でこれはchika流の解釈なんだけど、牢に閉じこめられた半平太先生、周りで自分の同志を痛めつけられて、徐々に意識変革を起こしつつあるのかな〜と思わせてくれたのが今回の「愛の蛍」でした。
それがよく分かるのは、再び郷周りの役目を負わされちゃった弥太郎と半平太先生との会話ですね。
「(吉田暗殺指示を)白状してみんなを助けてやれや!」と迫る弥太郎に対して「そんな簡単な事じゃないきに!すべて大殿様のためにやったことで、それは武士の本分。悪うございましたと罪を認めたら自分は武士でなくなる。愛する妻に、お前の亭主は武士をやめて死んだなんていう情けない思いを残すわけにはいかんじゃ!!」と返答する半平太先生。
この台詞、今までの半平太先生の台詞とは微妙に違うんですよね。
大殿様にお菓子を貰っただけで泡吹いてひっくり返っちゃった例を持ち出すまでもなく、今まで半平太先生の価値観の基盤は「大殿様」という存在にあったんですよね。
ところが今回の半平太理論では「大殿様」を支点にはしているものの、その関心先は「大殿様」ではなく、明らかに自分自身と妻にある。近代的自我とまではいいませんが、、身分制の中にある自分から、個としての自分への目覚めというのかな、そういう変化。
ある意味、弥太郎なんかが「ベルリンの壁の崩壊」の裏に「経済」があったみたいに、商売に目覚めた時点で、いち早く近代的自我を獲得するのかと思っていたら、いつまでも自らの内の身分制から逃げ出せないのと比べると不思議な感じがしますね。
ってゆーか弥太郎の位置づけがね、トリックスターみたいなものだから、そういう深刻な所にもっていくと話が重くなりすぎて回らなくなるんでしょうね。
香川照之さんは芸達者からそーゆーのも充分こなしちゃうだろうし、、、やっぱ龍馬伝の弥太郎は、たまたま通りかかったお富さんにさえ聞こえる程の大声で「うっ、うめーっ」と自分の嫁の弁当自慢を始める男でないと(笑)

そうそう、大殿様と言えば、今回の近藤正臣氏の容堂公の演技、ちょっと「怪演」を意識しすぎてるんじゃないかと、変な言い方だけど「怪演の為の怪演」みたいな感じがしましたね。
chikaの脳内補完では、文化人としても一流だったと言われる容堂公の側面を、この「龍馬伝」ではこんな感じで捉えているんだよ、ってゆー演出だったのかと。
要するに容堂公は文化芸術を「欲望」として捉えていた人物なんだと。
でこの大殿様と半平太が、切腹という行為を挟んで、最終的に向かい合うわけですが、この辺り、以蔵の自白を含めてどう描くのか楽しみですね。
なんだか今の展開だと半平太先生が、口を割らない以蔵の苦しみを和らげてやるために、遠隔心理操作みたいな方法で、以蔵に自白をさせてやるみたいな展開なのかなーと思ったり。
ここまで富さんとの夫婦愛を描いたり、以蔵の一途さを描いてしまうと、今更、「黒い半平太」も、「恨み節以蔵」も登場させられないと思うし、、。まあ、これはお手並み拝見という事で。

ps 現在進行形のお龍と龍馬の微妙な関係とゆーか、プレイボーイ龍馬の手口とか、揺れ動くお龍の心の描写とかについてはあえてここで語る必要はないでしょう。
ってか、「これ」が見たくて龍馬伝を見てる女性も多いんじゃないかしら。幕末トレンディ(笑)。

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