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saienji's blog プププのプゥだぜぃ

ニューハーフな心で世界をおしおきよ!!

真田丸 第39回 「歳月」

 三谷脚本が派手に仕掛けておいた、治部の清正に対する謎の伝言の正体が、ついに明らかに!!って、結果は極めて普通でしたが、三谷さんは視聴者が思う「三谷ならきっと凝った答えを用意しているに違いない」という裏の裏をかいたんでしょうか(笑)。

 ってか今回のエピソードを見てるとアレは、謎を解いた時の面白みの為の伏線というより、秀頼デビューに花を添える為の仕掛けだったんですね。
「どーだ。秀頼は、治部や清正達、豊臣家臣の思いに支えられて、こんなに立派に育ったんだゾー」みたいな。
 でもそれが余り効き目がなかったのは、三谷脚本が、どんなエピソードでも登場した人物に全て焦点を当てるって方法をとって来たからなんですね。

 これがズーッと豊臣オンリーでやって来たなら、視聴者も「おー周りの苦労があって、ようやく秀頼モナー」って感じなんだろうけど、ってか真田丸の主人公は、真田一家だったね(笑)。

 

 それになんと言っても今回の主役は昌幸パパ。

 死の間際に信玄公の幻が、、って演出は既視感があったけど、看取ってる周りの人間に大仰な感情演技を求めず、絞った感じの演出にしたのは良かったです。
 最後の最後に昌幸パパが目を見開いて虚空を掴むシーンは、「よっ!大根役者!(失礼)」と思わず声を掛けてしまいそうな草刈正雄さんの演技でしたが、それが昌幸パパにはピッタリ、ハッタリ!あのバタ臭い感じがタマラン。

 そうそう、今回は歴史に対する三谷流解釈が色々施された回でもありました。

 昌幸パパの意向を汲んで、信之が捨てた「幸」の字を信繁に持ってきた「真田幸村」という創作歴史トリビアとか、秀頼が凡庸な二代目ではなく家康に臆せず堂々と相対したいうのが裏目に出て、本質的に臆病な徳川が秀頼を滅ぼす気持ちを固めたとかね。
 さすがに色々考えてるわ。
 でもそんな中で、あっチュー間に、二代目服部半蔵が清正を暗殺するなんてコントまがいの事を同時進行でブチコンで来るから、視聴者は混乱しちゃうんだよね(笑)。

 

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仮面ライダーゴースト 第50話(特別編)「未来!繋がる想い!」

 日本には「終わりよければ全て良し」という、よく考えてみると意味不明、でも極めて使い勝手の良いフレーズがあるんですが、 第50回(特別編)は、その「終わりよければ」パワーを使っても、もう一つの出来。

 ってか「終わりよければ」を当て込んだ作りだったんでしようけんどね、、。

 蛇足ってか、「ゴースト」の場合、本体が蛇でさえなかったから、アメンボにもう一本余計な脚を付けたみたいな感じですね(笑)。

 軽い軽い、水の皮膜の上を、さざ波も立てずにスーイスーイって感じ、ほんと取るに足りない。しかも御成の扱いに愛が感じられないし(笑)。
 まあそれでも、エクゼイドの顔見せとか、なーんか後に控えてるかも知れない「映画版」の繋ぎとかは、やったし、必要とされる事は全て満たした脚本ではあるんですがね。

 (「バカヤロー、お前は二度とライダーの脚本書くな!」とか闇の声が、いかん暗黒面に落ち込んでしまいそうだ。)
 それとこの(特別編)、如何にも福田卓郎脚本らしくて、「警部補 矢部謙三」で見せた特撮パロディネタティスト満開。

 ってか、アランのたこ焼き(長谷川ネタ?)とか「一宿一飯恩義ジャベル(毛利ネタ?)」とか、セルフパロディの一種なの?

 こういうのが福田卓郎さんが上手いのは判ってるんだけど、chikaから言わせると、そういうなんでもこなせる才能こそが、「福田ライダー」を殺したんだと思うけどな。

 まあいいや、なんたって「終わりよければ全て良し」だからね。全て水に流そう。

 

・・・・って問題は、エクゼイドやねー。

 でも次は高橋裕也って人が脚本って事で、最近の「新しいライダー」って切り込みが上手く機能するかどうかは、ドラマを見てみないとな~、エクゼイドのデザインも、あのショッキングピンク以外はなんとか耐えられそうだし(笑)。
 そうそう、プププでも何回か取り上げた事のある「天使と悪魔 未解決事件匿名交渉課」を書いたの、この高橋裕也さんなんだよね。

 ナントカなるかも、いやナントカして欲しいよ、最近の仮面ライダー


PS  「アルファポリス」さんと、「小説家になろう」さんに、『チープスリル 惑星サトゥルヌス・エバーグリーンの狙撃手』ってのを連載開始しました。
 「カクヨム」はもう止めです。もしかして何時か再生するかも知れないけど、あれは色々な意味で駄目です。駄目以上に、関わるだけでエネルギーが吸い取られますからね。

 そうそう「アルファポリス」さんについては又、リポートする機会があるかも(オレも好きだな、こーゆーの。)

 

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真田丸 第37回 「信之」

 第37回「信之」、個人的には、華やかさはないけど、意外に後からジワッと来る佳作回(意味深)でした。大泉洋さんが、シリアスな演技を妙に上手くやるから、なんだか落ち着かない(笑)。
 冗談はさておき、いつもみたいに、「三谷脚本、そう来るか(ニヤリ)」じゃなくて、全編息苦しいような切ないような、普段ふてぶてしく真っ黒けの昌幸パパが、あんな表情見せるとこたえますね。
 「関ヶ原の戦い」が一日で終わったという衝撃が凄かったと言うか、いくら世の中の状況が変わってもやっぱり昌幸パパは戦いに優れた人と、ドラマの流れの中では一旦そう思わせる演出があるんだけど、時代の趨勢の読みにおいては、二人の息子達からの批判通り、結局、昌幸パパはもうついて行けてなかったという事なんでしょうね。
 というか、多くの武将達が、昌幸パパと同じように、関ヶ原は、応仁の乱の様にこれをきっかけに大乱になる発端の戦だと位置づけてたんだと思います。

 後になって、その内実が見えてきたんだろうけど、関ヶ原の戦いの本質は、すでに大きく二つに分類された体制が、最終的に徳川を秀吉の後継として認証するかどうかだったわけだから、そのあやうい均衡を破る「裏切り効果」って、関ヶ原以前のそれとは比べ物にならないくらい戦局に大きく作用したんでしょうね。
 オセロと将棋のゲーム展開の差みたいな。

 その辺りも昌幸パパが、ゲーム感覚で裏切りたおしてた少し前の戦模様とは状況が大きく変わっていたんでしょう。
 それを嫌と言うほど自覚させられた昌幸パパと、病床の出浦さんとのシーンが象徴的でした。

 

 更に、目先の徳川との戦には負けていないという自負があるのに、実際には徳川に手も足も出ないという事実が、昌幸パパを完全に打ちのめし、今度はそれに追い打ちをかけるような、家康が昌幸パパに課した幽閉という処遇。
 そんな姿を見ながら、パパと共に敗れた信繁、これで「vs徳川」の個人的敵対理由も確定したわけで、後は心を起きなく「幸村」に変身ってわけですね。
 次回から、信繁達一行の九度山での泣かず飛ばず幽閉生活が、これから始まるわけですが、コレを秀吉パートみたいに延々とやられるのは、いくら三谷脚本でもチョットなーと思いましたが、予告を見る限り、それは早回しをしてくれるみたいでチョット安心。
 それで残った時間は「幸村」で堪能させてくれると良いなーて、期待してます。

 ああそれと、今回は高速関ヶ原の顛末を拾うエピソードでもあったんですが、あの有名な三成の「干し柿は丹の毒でござる」はなかったですね。

 普通なら「これ使える」と思われる有名な逸話は、加工でもしない限り、嫌でも使わない三谷脚本らしかったです。

 

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仮面ライダーゴースト 第49話「無限!人の力!」

 最近のJ・POPの歌詞って、雰囲気アゲの言葉羅列が多いってのは良くいわれてる事だけど、仮面ライダーゴーストは全部、そんな感じだったし、最終回はその総仕上げでしたんな(笑)。

 なんで感動せなアカンのか、よう判らんのやけど、雰囲気で、これは感動せなあかんのとちゃうか?みたいな(笑)。
 今までのライダーって、それなりに話に紆余曲折があって、最後はその紆余曲折の積み上げの量とか、旨さに比例して、主人公の最後の姿に、気持ちが乗っかってグワーッとなったり、なんだよーコレっ(プンプン)だったりしたもんですが、ゴーストの場合は年がら年中、「俺は人の心を繋ぐっ!人間の可能性は無限大だーっ!」とか毎日、雰囲気感動してましたからね。

 それでもゴーストを演じてきた人々の気持ちは、ちゃーんと伝わってきましたよ!
 そこがアニメと実写の違いと言えば違い。

 特に仮面ライダーシリーズは、ホントの新人さんが1年間をかけて俳優さんとして成長する「リアル・ドラマ」でもあるし、西銘駿クン、いい顔してたよ。

 これには全然、文句なし。
 そういう意味では、今回の「お腹減ったyo-!」は良い設定だった。

 痛みと空腹は生きてる証だっI木枯らし紋次郎、違うか。
 おいしそうにおにぎりを食べるタケルな、西銘駿クン、ピッタリ。
 それに、ちゃんとオニギリを準備してた御成、このノリは小粋!

 でもさ、いくら仮面ライダーが「新人俳優成長リアルドラマ」の側面があるったって、それで一年、グダグダな脚本、我慢して見るのは無理。

 感情消費前提のJ・POPは3分で済むけど、ライダーは30分×1年なんだぜっ!そこんとこ、ホントにお願いしますよ、東映さん。

 

 そうそう、最近恒例の次期ライダーの顔見世興行、エグゼイド(ゲンム)登場!
 しっかし、ライダーって不思議だなー、どんな無茶な造形やっても動くとそれなりに見える。錯視効果が働くのか(笑)、人間の目の習性って面白い。
 それにエグゼイドの怪人キャラのデザインは寺田克也氏だから、こっちも安心できるし、制作陣が、とにかくライダーを「子ども向け」に寄せていきたいのはもう判ったし、それはそれでいいから、ワケ判らん、グダグダの全体構成と脚本だけはもう止めてケレ。

 

 

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真田丸 第36回 「勝負」

 うーん、別に「関が原」描写が秒速だったからってワケでもないんだけど、最近のネット界隈の真田丸に対する「脳内補完」勢力とか「深読み」勢力に対して、ちょっと考えさせれる今日この頃で御座るよ。

 ってかchikaも、この二つの勢力の端くれであるような気もするんですが、なりしろ「端くれ」なもんで(笑)。
 三谷氏が真田丸のネット盛り上がり勢に対して、どれぐらい意識してるのか、まったく判らないんですが、この人の事ですから、世俗と決別して仙人みたいな執筆体制にあるとは思えず、やっぱり多少は、こういう反応もあると意識してはると思うんですよね。
 それは問題じゃないんですが、それに寄りかかる部分があると、色々支障が出てくると思うんですよね。

 最近のバラエティ番組が、お笑い芸人さん達の楽屋話・楽屋落ちのオンパレードばかりで何が面白いのかって飽きられるとの同じような構図が、真田丸で起こったら嫌ですもんね。

 そう、ネット盛り上がり勢と真田丸制作陣で繰り広げる壮大な内輪話を見せられても、、、。
 まあ、こういう構図は、昔から野球やらサッカーやら相撲やらであったような気がしますし、日本人の場合は、これに加えて何か事があれば、大量の「にわか」が発生して、中味もないのに国民全員で大盛り上がりしますからねー。
 なんか最近の真田丸を見てると、そういう危機感を感じるとゆーか、、ね。

 NHKさんも折角、視聴率を回復させた真田丸なんだから、臨時でもいいから予算を増額させてあげたらどうかしら?

 それもしないでワンセグでも金を取るとか、安倍のよいしょばっかやってると、ますます、ヘタレになっちゃうよ(笑)。
 予算上げたら、真田丸も役者さんだけじゃなく、合戦シーンにもお金が投入できて、タダでさえ小芝居向きな三谷脚本の弱点をカバー出来るんじゃないかと。
 えーっ。「真田丸は、真田の視点から見えない史実は描かないんだ!」ってホントかよー(笑)。

 原則的にはそれで良いけどさ、TVドラマ作りとしては、そんなの鉄則にしなくても良いんじゃない?

 確かに、本能寺の時は「やられたなー。お見事!」って思ったけど、あれは前後のテンションが、あの演出に上手く繋がっていたからでしょ。

 今回のはどうなの?

 三成とか大谷行部とか、あれだけ描いておいて、真田から見えないからって理由で省いて、前後が上手く繋がるのかなぁ?

 まあ次回辺りで、回想的に「関ヶ原」が登場するんかも知れないけど、もうちょっとやっとこうよ(笑)。

 佐助が命からがら戦場から逃げ出すワンカットを入れるとかさ、やりようなんて幾らでもあるでしょ。
 なんだか今回の関ヶ原は、「話題作り」の為の仕様に思えて仕方がない。

 

 話の方は、今回も信幸メイン、あっいや、昌幸パパか。

 いずれにしても信繁はまだ前面に出てこないなー。

 もうボチボチ、来ると思ってたんだけど。

 スルメを真っ二つにするのと、家康の前で「(裏切った父と弟の)代わりに腹を切れと仰せなら今ここで切りもうす!」と大見得を切るのとでは、圧倒的に信幸有利だけどさ。
 そうそう余談だけど、そんな信幸に対する家康の態度がなかなか味わい深かったね。
 こんな時、秀吉ならどうしたかな?ってついつい考えてしまった。
 多分、よく似た反応をしたんだろうけど、家康と秀吉の人間に対する影響力ってか、「人たらし」力って似てるようで、違うんだよね。
 家康の場合は、一旦は本気で他人を信じる、(勿論、一度試してみた上の話だけど)、で裏切ると容赦ない。秀吉の場合は「気に入った」かどうかだけで、信じるって概念自体が元からない。
 そんな感じかなー(笑)。

 でもこういう違いが、今までの話の展開で、ちゃんと読み取れる所が三谷脚本の凄い所なんだよね。

 だから、言い方わるいけどネット上で、「脳内補完」勢力とか「深読み」勢力がどんどん増える。
うーん、この現象、諸刃の刃だな。

 

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仮面ライダーゴースト 第48話「終結!悲しみの連鎖!」

 出だしから、スムーズで納得の行く展開、これはクレジットを確認するまでもなく、福田脚本に違いない、制作陣も最終回は福田脚本でフィニッシュで行く事にしてたんや。

 これで安心、、、と思ったけど、後半になるにつれ、、アレレ、、。
 後で確認したらやっぱり福田脚本、、確かにコピーマコトの扱いも、そつなく処理してあったし、傷ついたアランを見てタケルが激怒する展開や、そんなタケルを止めたのもやっぱりアランってゆーあたりは、ホント、王道の胸熱展開だったけどなー。
 アデルがあっさり改心して、「そんなにあっさり終わって委員会?」って突っ込みがあるのを福田脚本が予想してそうしたのか、今度は「自我に目覚めたガンマイザー」の登場、この辺りからだね、足下がふらつき始めたのは(笑)。
 普通なら、一旦、ハッピーエンドで終わらせておいて、最後の最後にもう一波乱持ってくるってのは、それなりの盛り上げ方なんだろうけど、ゴーストの場合は、話の基本アイテムをちゃんと説明してこなかったと言う、いい加減さが過去にあるから、「ディープスペクター眼魂に残っていたガンマイザーって何?」「今更、放置の謎のグレートアイって何?」時間稼ぎの帳尻合わせは、いい加減にしなさいって、又、突っ込みの嵐になるわけ、、。

 ここの所だけは、「脚本が誰担当」は、関係なく、ゴースト全体に見られた最大の「欠点」だったね。

 当たり前だけど、作品はまっとうに創らないと駄目、勢いに乗ってやっつけ仕事してちゃ駄目、ゴーストの場合、現場の問題じゃなくて、プロデュース面でそういう事を凄く感じさせた作品だった。
 でも、そういう体制が、TVドラマ制作の全体の流れかと言うとそうでもなく、「ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子」なんかは、その特異なモチーフに左右されずに、すごっくまっとうでブレないドラマ作りをしてたし、そういう地道なアプローチしても、ちゃんと視聴者にはアイキャッチなモーション作れるわけだから、仮面ライダーシリーズもそういった部分を勉強した方が良いと思うけどな。

 そうそう、「ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子」の方だけど、最終回、あのドラマで泣くとは思わなかったよ。

 横山クンだけが、最後まで残念だったけど、それは言わないお約束、それ言い出すと波瑠ちゃんだってホントはどうなん?って話だし(笑)。
 全体的にはジェフリー・ディーヴァーとかトマス・ハリスの作品を混ぜて二で割ったような作品だったけど、その世界観をちゃんと平成日本に馴染ませた所が偉かったよね。
 とにかく芦名星ちゃんの真壁永久の造形が良かったわ。

 最後、永久も浪花節ぽいチャンチャンで終わっちゃったけど、あれは日本のTVドラマの限界だろうから仕方ないね。

 それと最後といえば、アニメ・ベルセルク2016も、もう直ぐ終わっちゃうの?
 波のありすぎる作画は別として、こんなに制作側の「言いたいこと」がストレートに熱く伝わってくるアニメって珍しいし、波長の合う人間には堪らない魅力が溢れた作品なんだけどなぁ。

 第10話「ヘルス・エンジェルス」なんかでは、ガッツが思い切り、言いたいことを言ってたなー。

「奴らは、何もせず、ただ祈ってるだけじゃねえか!」

 

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真田丸 第35回 「犬伏」

 感涙のエピソードの筈の「犬伏」、、、chikaの場合、何故か、そーゆーの来なかったですね。

 Webなんか見てると、「感激したー!」とか、前評判通りの評価が山ほどあるんだけど。 

 その原因を考えてみると、結局、三谷脚本って、「犬伏」に至る過程は、ずーっと丁寧に描かれて来たわけで、そこに展開される昌幸、信幸、信繁3人の姿を見てても、ごく自然な、「あー、こうなるのが当たり前なんだろうな」という、どちらかというと「感動」と言うよりは、「しみじみ」とした味わいになるのね。

 今更、感動はなく、ただあるのは「確認」、、このエピソードで、子ども達は偉大な父親を超えたとかいう感想があるんだけど、昌幸パパはかなり前から二人の息子の事を認めてたし、自分の考えがもう通用しなくなったと信繁に指摘されても、それを許容できる頭脳の明晰さは昔からあるもんねー。

 このエピソードのハイライトとしては、大きく成長した信幸の決断というか、「私は決めた」の提起シーンなんだろうけど、ホント重要なのは、一見、無駄な尺に見える「酒を酌み交わして笑い合う」3人のパートなのかもと思いましたね。
 日常生活でもこんなんじゃないのかな。

 凄く重要な物事の決定とか、ターニングポイントとかは、一瞬に過ぎ去って、後はそれに絡んで「泣いたり笑ったり」、、多分、そっちの方が人生のボリュームとしては大きい。

 結婚後の披露宴だとか通夜だとか送別会だとか、そこで繰り広げられる悲喜交々ね。「お前も大きくなったなぁ」「あの時、婆さんが言ってた意味が今頃、判るようになったよ」「まあ、ウチの子も成長して」「そういや、あの店、覚えてる?お前と良くいったじゃん」等々。   chika的には、真田の男共の話題が、「韓信」だったのは、ちよっと三谷臭が出過ぎて嫌だったけど、、。

 でも普通のTVドラマ脚本でやったら、真正面から「犬伏の別れ」の核になるシーンだけを切り取って大袈裟にドカーンとブチ上げる事になるんだとうけど(笑)。

 その辺りが、三谷氏の視線のありようってか特質なんでしょうね。

 しかしアレですね。

 こうやって、三谷版の「犬伏の別れ」を改めて、しみじみと見ると、「真田丸」の中で、一番成長したのは、信幸兄貴じゃないかと。

 それに比べて主人公の信繁ってチョッビとしか成長してないんですよね(笑)。

 この辺り、スタートから「頭の良い信繁」って(例え、作品中では狂言回しあるいは観察者の役割を背負わされていたとしても)損してるのかも知れませんね。

 第一、信幸兄貴の「私は決めた」発言に、信繁は目を丸くしてましたモンね。言っちゃ悪いけど「こっ、このお兄ちゃんが!」みたいな(笑)。

 それとアレだな。信幸兄貴のターン回って、当たり前だけど昌幸・信繁よりは圧倒的に少ないから、それが返って今回の「犬伏の別れ」では効いていたのかも。
 昌幸・信繁の心理状態とか、彼らが置かれた状況って、三谷さんのサービス精神で、微に入り細に入り描写され尽くしてきたから、返って「流れ」が止まって見えるんだよね。

 三谷さんに与えられた人物観察動体視力が昌幸・信繁には効きすぎ(笑)。

 その点、信幸兄貴は、多くの部分「お笑いパート」を引き受けてて、内面の成長描写はかなりザックリしてたからな、それが逆に効いた(笑)。

 

 

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ニューハーフな心で世界をおしおきよ!!