saienji's blog プププのプゥだぜぃ

ニューハーフな心で世界をおしおきよ!!

鶴ケ城開城

 いつもは「八重の桜」「仮面ライダーウィザード」「進撃の巨人」の三本立てで感想を書いてるんだけど、今回はちょっと感想が長くなりそうなので一本ずつ。

 てか昨年の「平清盛」と「仮面ライダーフォーゼ」は、脚本の駄目さ振りが妙にシンクロしてたんですが、今年の「八重の桜」は、ここ数年のNHK歴史大河の中でも出色の出来とゆーか、「東北復興支援」という背景がなければ、「刺激重視」の風潮の中、生まれてこなかったドラマのような気がするので、やっぱ同じ感想書くのでも、それなりの処遇ってのがね(笑)。
 あっ、それとアニメ版「進撃の巨人」も、原作漫画は未読なれど、これもかなりス・ゴ・イ。

 

 「目的はなんだか判らんけんじょ、秋月様が行くのを邪魔はさせない」と八重ちゃんが、夜の森の中で百発百中(って百発も撃ってないケド)の腕前を見せる。

 ダーンで一人、ダーンで二人目、ダーン・ダーンとしっかり数えてしまったyo。

 多分、最後は倒れる敵兵の姿が見えなかったけど全部で7人だった、、と思う。

 ったく八重ちゃん、あんたはボブ・リー・スワガーかい(笑)。

 ・・しかし今回も泣けたなぁ、「この映画、ハンカチをご用意下さい」式のドラマって、自分が泣きたいから泣きたい場面で泣くってのがあって、ちょっぴり後ろめたさがあるんだけど「八重の桜」の場合はその点、凄く「素直に」泣けてしまって自然な感じ。

 おとっさま権八の死も、演出上、飾り立てようと思えばコテコテに出来たんだろうけど、実際は極めて自然な展開、なのに泣けた、、、例えば当時の戦場でこういった別れの場面って一杯あったんだろうけど、それを側で見てたら多分こんな感じなんだろうな~、で自然に泣けた。
 それと容保が家臣達に「降伏」の意を告げ、己の死を持って購うと詫びた際の八重ちゃんのつっこみ。この場面も泣けたなー。

 現代人の感覚で分析すると「容保ちゃん、あんたの為に多くの仲間達が死んで行ったんじゃねぇ、みんなは(会津の誇り)の為に命を賭けたんだ。自分が死んでチャラにするなんて安いこと言っちゃ困るんだよね。会津は間違っちゃいねぇ、何一つとして間違っちゃいなかったんだと、頭であるあんたが生きて世の中にしめす義務があるんだよ。」みたいな、、つまりコレは、前回、生き恥をさらすよりはと簡単に自決を選んだ田中土佐と神保内蔵助らの男どもへのアンチテーゼ、、みたいな解釈も成り立つんだけど、八重ちゃんの場合のそれは「反体制・反逆精神」や「進歩的な考え」ではなく、こーゆーのを郷土愛とか家族愛から純粋天然で結果として言ってしまうんだよなぁ。

 いやむしろガチガチの純粋保守故にと言っていいのかも(笑)。

 でそんな八重ちゃんに「会津」そのものを見た尚之介さんは、八重ちゃんがお殿様に生きて欲しいと願ったように、八重ちゃんに生き延びて欲しいと思ったんだよね。

 尚之介さんには、八重ちゃんの思考回路からして、「会津や三郎の為にあれだけ敵を殺したのだから自分は会津武士として死ぬのが当たり前」と考えてるのは見え見えで、口で言って聞かせても無理なの判っているし、で敗残兵連行の土壇場での「この中に女がいるぞ!」のチクリ行動。
 そんな尚之介の心の動きなんかも特にクローズアップして描いていないのに、八重と母親が辞世の句が書かれた壁の前で抱き合うのを遠目で見てるカットとか、ほんの数シーンでちゃんと十分に説明出来ている所が凄いわ。
 まあ最後の、全てがなくなってしまった後、廃墟と化した城から空を見上げて八重ちゃんが「それでも空は、、」のシーンは、よくあるパターンなんだけど、これも説得力あるなぁ、、だってこれだけの尺で「籠城戦」を描いて来たんだから、視聴者の方も、一種、脱力感を共有してたりして(笑)。
 でも「八重の桜」ってこれでやっと前半パートが終わっただけなんだよなぁ、つくづくこのドラマ凄いわ。

 それにこのブログではあまり書いて来なかったけど「八重の桜」って「東北復興を支援する内容」として出発してるわけだけど、「支援」というよりも、東北(会津)の想い自体が見事に描かれていて、特に今回の「籠城」パートと、「降伏・開城」は、被災やら復興やら重なる部分がやたらあって、そういうのもあって、今までの内なる激情を押さえに押さえた演出とか、練り込まれた脚本があるんだなぁと改めて気づかされた次第。
 だから後半は、いよいよ「これから」って部分へのメッセージになるわけだよね。

 

 

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