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saienji's blog プププのプゥだぜぃ

ニューハーフな心で世界をおしおきよ!!

真田丸 第35回 「犬伏」

 感涙のエピソードの筈の「犬伏」、、、chikaの場合、何故か、そーゆーの来なかったですね。

 Webなんか見てると、「感激したー!」とか、前評判通りの評価が山ほどあるんだけど。 

 その原因を考えてみると、結局、三谷脚本って、「犬伏」に至る過程は、ずーっと丁寧に描かれて来たわけで、そこに展開される昌幸、信幸、信繁3人の姿を見てても、ごく自然な、「あー、こうなるのが当たり前なんだろうな」という、どちらかというと「感動」と言うよりは、「しみじみ」とした味わいになるのね。

 今更、感動はなく、ただあるのは「確認」、、このエピソードで、子ども達は偉大な父親を超えたとかいう感想があるんだけど、昌幸パパはかなり前から二人の息子の事を認めてたし、自分の考えがもう通用しなくなったと信繁に指摘されても、それを許容できる頭脳の明晰さは昔からあるもんねー。

 このエピソードのハイライトとしては、大きく成長した信幸の決断というか、「私は決めた」の提起シーンなんだろうけど、ホント重要なのは、一見、無駄な尺に見える「酒を酌み交わして笑い合う」3人のパートなのかもと思いましたね。
 日常生活でもこんなんじゃないのかな。

 凄く重要な物事の決定とか、ターニングポイントとかは、一瞬に過ぎ去って、後はそれに絡んで「泣いたり笑ったり」、、多分、そっちの方が人生のボリュームとしては大きい。

 結婚後の披露宴だとか通夜だとか送別会だとか、そこで繰り広げられる悲喜交々ね。「お前も大きくなったなぁ」「あの時、婆さんが言ってた意味が今頃、判るようになったよ」「まあ、ウチの子も成長して」「そういや、あの店、覚えてる?お前と良くいったじゃん」等々。   chika的には、真田の男共の話題が、「韓信」だったのは、ちよっと三谷臭が出過ぎて嫌だったけど、、。

 でも普通のTVドラマ脚本でやったら、真正面から「犬伏の別れ」の核になるシーンだけを切り取って大袈裟にドカーンとブチ上げる事になるんだとうけど(笑)。

 その辺りが、三谷氏の視線のありようってか特質なんでしょうね。

 しかしアレですね。

 こうやって、三谷版の「犬伏の別れ」を改めて、しみじみと見ると、「真田丸」の中で、一番成長したのは、信幸兄貴じゃないかと。

 それに比べて主人公の信繁ってチョッビとしか成長してないんですよね(笑)。

 この辺り、スタートから「頭の良い信繁」って(例え、作品中では狂言回しあるいは観察者の役割を背負わされていたとしても)損してるのかも知れませんね。

 第一、信幸兄貴の「私は決めた」発言に、信繁は目を丸くしてましたモンね。言っちゃ悪いけど「こっ、このお兄ちゃんが!」みたいな(笑)。

 それとアレだな。信幸兄貴のターン回って、当たり前だけど昌幸・信繁よりは圧倒的に少ないから、それが返って今回の「犬伏の別れ」では効いていたのかも。
 昌幸・信繁の心理状態とか、彼らが置かれた状況って、三谷さんのサービス精神で、微に入り細に入り描写され尽くしてきたから、返って「流れ」が止まって見えるんだよね。

 三谷さんに与えられた人物観察動体視力が昌幸・信繁には効きすぎ(笑)。

 その点、信幸兄貴は、多くの部分「お笑いパート」を引き受けてて、内面の成長描写はかなりザックリしてたからな、それが逆に効いた(笑)。

 

 

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