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saienji's blog プププのプゥだぜぃ

ニューハーフな心で世界をおしおきよ!!

カクヨム始末記2

カクヨム・ウォッチ

 「始末記」として、カクヨムウォッチを再開します。
 正に、書いている内容は個人的な始末記。特にカクヨムに投稿していた自作品は全部削除したから「始」より「末」の方のウェィトがずっと大きいんだけど(笑)。

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 それとタイトルのナンバーが「2」なのは、「1」をnoteで書いたから、
 noteで「1」を、「2」をハテブのプププで書く。
 ・・・これは自分の中で大きな意味があるんだけれど、それをココで書くと、note論とか、話が広がりすぎて切りがないので止めておきます。
 とにかくプププでは「2」が、始末記の一番最初の文章と言うことで、これが「3」に続くかどうかはカクヨムの動向次第ですね。

 カクヨムのシステムや運営姿勢が今後変わっていって、chikaがもう一度カクヨムを利用したいと感じるか、、あるいはやってる事があまりにも無茶苦茶すぎて、「嫌なら見なくていい」サイト枠を越えて、カクヨム自体に怒りすら覚えてしまって暴言を書き連ねているとか。
 後半の方の可能性は実はアリなんですよ(笑)。

 chikaは、AKBってか秋元プロデュースが無茶苦茶嫌いです。
 それこそ「嫌なら聞かなくていい」世界の事なのに、腹が立って批判をせざるを得ない。
 それは、秋元プロデュースの、のさばる現状が、何処かで自分の大切な世界を削り取っているように思えるからです。
 例えば、もしかしたらこの世界には、もっと凄い音楽やパホーマンス表現があるのに、そこに自分が辿り着くまでにメディア通路で遮られている、メディアが「隘路」になってる、ってゆーか、自分が大好きなモノに辿り着くまでに回り道させられてるみたいな。

 AKBで儲けるのもいいけど、メディアは「それしかない」じゃなくて、他の可能性の為にちゃんと道を開けとけよって感じ。これって個人にとって「実害」でしょ。
 第一、秋元プロデュースが成功モデルだなんて、日本の芸能文化貧相すぎ(笑)。
 カクヨムには、そんな風になれる程の知恵はないと思うんだけど、なにぶん財力と力が、そこらの弱小と比べものにならない程あるからね、、。
 やっぱりバカをやられながら、のし上がられたら困るわけよ。

 web小説にもし文化的なスティタスゴールというものがあるのなら(本質的にはない、あるいは似合わないのかも知れないけど)現状の経済と流通の中で、ちゃんとした筋道を作ってやらないと、そこにはたどり着けない、と思う。
 カクヨムは、そこへの通路として、大手企業が作り出した一つのパイプだろうとは思うんだよね。
 けどAKBが日本の音楽シーンを、例え一時期でもホワイトアウトさせたのと同様に、WEB作品が文化的なスティタスゴールに向かって熟成される為に必要な時間を、圧倒的な財力で無駄に浪費させて行きつつあるのが現状だと思う。


 4月27日のカクヨム・トップ画面更新に一縷の期待を抱いていたんですけどね。
 新着レビューは相変わらず、新ジャンル創作論・評論は週間ランキングに乗らず、検索機能はパワーアップせず。
 ただ賑やかしと賞金釣りだけは増殖中。

 ってかさぁ、レビューの文言が作品タイトルより大きいままって、、。
 それに「新着レビュー」ってタイトルも、始めてカクヨムに訪れる一見さんの読者から見ると、「新作(小説)」って思うよ絶対!

 それと同じように、この新しい作品を書いてる作家さんは、レビュー者の人だって思うよ。(例えば「筒美京平」さんとか)

 ホントは「新着レビュー」のこの作品、昔からあって、しかも作品タイトルと作者名は、下段にちっこく書いてある方なんだから(笑)。
 で次の下段に「新着小説」でしょ。

 一見の「読者」は、「ああこっちが新しい作品なんだな」なんて手間は取らないよ。

 只で手に入る商品が山ほど目の前にある時、消費者はそれを手に取るまで「努力」なんかしないよ。目立つ奴を取りあえず手にするんだよ。

 で暫く見て、「あーこれカス、入らないや。他のも良く似たもんだろ、なんせタダだし」で、そこで大半の客は店自体に見切りをつけるね。
 とにかく現行レイアウトの順序は、どうみても逆!

 どんな思惑があるのか知らないけど、その思惑は「読者」の生理を完全、無視してる。営利企業が用いる手段としては考えられない現状、、、。

 まあね、複雑な話は抜きにして、カクヨムに投稿しようと考える一般的な書き手が、自分の投稿先はランキングなどクリーンな環境であって欲しいと願うのは当たり前だろうし、又、自分の書いた作品に対して読者の視線が当たる機会があるサイト内の充実した導線を欲しがっているのは確かで、これは幾ら営利を目的としたサイト作りであろうと第一に受け入れるべき事だろうと思うんですよ。
 勿論、 読み手は、自分が「読む」為の利便性をサイトに求めているんだし、こちらをおろそかにするのは営利追求のサイトしては最大の失敗だと言わざるを得ない。
 何故か、この簡単な事柄をカクヨムの場合は、時間をかけても旨くクリア出来ていない。


 その原因?chika思うに、カクヨムが欲張って、自サイトに「コミケ的側面」を形成しようとした部分が最大のネックになってるんじゃないかと思うな。
 自分たちが「遊び場」を提供して、その中で旨く育った才能をつみ取れるというファーム方式を目指しているのかも知れないけど、遊び場を作ると、そこには必ず、ボスやゴロや評論家や虐められっ子が生まれるよね。
 遊び場を作った大人が、「よい子のみんな、ここではこうやって遊んでね」といくらルールを作っても、子ども達の間では、別の子ども達ルールが生まれるのも当然の事でしょ。

 そしてこの「遊び場」にいるのは「小さな子ども達」じゃないんだよ。

 天然野菜の果実を、と思ったのに、殆ど雑草が伸び放題、そりゃ当たり前だよ、雑草には雑草の思惑があるんだから。

 自分の思惑通りにはいかんよ。無農薬栽培農業ってすっごい手間暇がいるんだよ。

 でも抑制する方法は幾らでもある。
 この「遊び場」は親子同伴でないと入場できない。入場料を取る。場のステイタス自体を上げる。etc。

 現在のコミケット指向スタイって、カクヨムが本気でWEB世界でのコミケを目指すなら、このまま四苦八苦しながら成長していけばいいんだろうけどね。

 そうじゃないんでしょ?第一、コミケ自体が、大きなスポンサーの下で恣意的に「作られた」ものじゃないんだから。
 外には「作家への登竜門」的要素を持ち、自己目標として「効率的な才能の狩り場」を考えているのなら、コミケ的な要素は今後、相当整理していく必要性があるんじゃない?


 第一、「読者」の幅を、広く大きく取って行きたいなら「コミケ」の存在自体が障害になるでしょ?
 きつい言い方だけど、一般「読者」は、コミケなんて行かないよ。

 

PS 始末記2を書き終えて

 現在、カクヨムに上げていた作品は削除中、セルフパブリッシングしたので再掲載は考えてません。

 あらゆるものを一人で賄わなければならないセルフパブリッシングの結果は、例によって良好とは言えないけれど、数週間でカクヨムにひっそり眠っていた頃のPV数と既に互角になってる。なにより精神的に清々しいのが一番。
 「お前の作品は面白くない、もっと努力しなさい」という現実を素直に受け入れられるし(笑)。
 ただカクヨムのアカウントは抹消していないのね。

 もしかしたら「カクヨム」が持ち直すかも知れないという一縷の望みを持っているから。

 カドカワという大企業がWEB小説という世界に手を伸ばしたという事実と、可能性はそれ程大きいって事です。
 ただし、それを当のカドカワが気づいているかどうかは不明だけど(笑)。

 

ニューハーフな心で世界をおしおきよ!!