読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

saienji's blog プププのプゥだぜぃ

ニューハーフな心で世界をおしおきよ!!

カクヨムさんへのレクイエム 鎮魂曲2

カクヨム・ウォッチ

 今のところ、「カクヨム」で検索をかけると、(カクヨムは、KADOKAWA × はてな がおくる「書ける、読める、伝えられる」新しい小説投稿サイトです。)みたいな感じの文言がトップで登場します。
 これって実に正攻法な、しかも有名ブランドな企業が打つ自信とゆとりのコピーですよね。
 たぶんこれを打った時点では、「新しいマーケットを自分たちが作り上げます(しかも余裕で)」みたいな感じだったと思うんですよ。
 でも実体は「新しいマーケット」どころか、「内向きドロドロ」の温床を作っただけと言う、情けない状況に。
 この分野では新規参入で読者数が確保されていないのに、「んなモン。ウチがやったら一発で集まるよ」みたいな読みがあったのか、多数読者がある事を前提にした緩慢なシステムを作ったのが、全ての間違いの始まり。
 そこには、作者と作者が釣ってきた(捏造した)バーチャル読者が多数とぐろをまいていて、肝心の購買ターゲットになる読者が殆どいないっていう現状が(笑)。
 さらに今後、増えていくだろう(筈の)スマホアプリ利用の一般読者も、あのトップ画面みたら気持ち悪くなって逃げるわなぁ。

 (公式ブログで紹介されてたカクヨムアプリの説明での、・作品を探しやすい・読みやすいエピソードページ・の文言には苦笑しすぎて、顔が引きつっちゃった)
 で、そんなカクヨムさんが、一発目に目玉でぶち上げた「第1回カクヨムWeb小説コンテスト」の締め切りもあと1週間くらい。
 そこで冷静になってちょっと考えてみたんですよ。
 「第1回」って事は、「第2回」もあるってことなのか?って。
 「カクヨム」の場合、名も知れぬ弱小がベンチャーでやってみましたって事じゃないんだから、「もう無理、コンテストやめ!」って言えないでしょ。
 ってか今の状況じゃカクヨムで賞をとっても、実態知ってる多くの人間からしたら、作家としての「箔」にならない。

 決定的に、コマーシャリズムで言っても、芥川龍之介賞と「火花」の関係とは、何もかもが違うんだから。
 「うっせぇ、そんなの知らない層が一杯いて、カドカワとかが大々的にプッシュしてくれたら釣られて買うんだよ。売れれば、それからは俺(私)の勝負なんだから黙ってろ」ってchikaなら居直るけど、この居直り、多分、根拠ない(笑)。

 

 北海道美瑛町にある「哲学の木」が持ち主さんの手で伐採されたってニュースを聞いたときにフト思ったのが、「これがまだカメラがフィルム式が主体だった時代なら、こんな感じになってなかっただろうな」って事。
 「哲学の木」の伐採は、他人様の敷地内に入り込んで写真を撮りまくる「観光客やカメラマンのマナーの悪さ」も大きな原因って話だけど、プロのカメラマンなら筋は通してやるだろうし、「ただ見るだけ」の人間がわざわざ畑にまで入り込まないだろうし、、やっぱデジタルで、人の迷惑なんか顧みずお馬鹿さん達が「哲学の木」を撮りまくってたんだろうと思う。
 でもこれって大昔のフィルム式だとかなり話は違ってたと思うんですよ。
 昔の場合、たった一枚の写真を撮るために、カメラを買って(スマホガラケーじゃないよ専用のやつ)、フィルム買って、現像に出しに行って、現像代はらって、写りの良いのを選んで、プリント代払って、ようやく一枚の写真が手に入るんだよ。
 しかもそれだけじゃ終わらない。几帳面な人はアルバム買ってきて、そこに写真を貼り付けてって、事をやる。
 今やその行き先はフェィスブックや、ブログやツィッターって事になる。そりゃ写真が「今日食べたモノ」とかになるよね。

 つまり技術展開が遅い分野では、一つの成果を手に入れる為に、相当な手順・労力と投資が必要になってた。
 フィルムカメラしかなかった時代だったら「哲学の木」を撮ろうとした人間はどれくらいいたんだろうか?って話。

 それとちょっと話はずれるけど、技術革新によってプロとアマの垣根が凄く低くなった分野も多いだろうね。
 「哲学の木」なんかでも、素人が高級な高機能1眼デジカメで撮ったら、一昔前の平凡なプロカメラマンさんの写真を凌ぐモノをとる可能性が相当あるはず。
 こうなって来ると「プロ」と「アマ」の境目って、ホントにホントの、目に見えない・機械化できない「才能」しか残ってこなくなる。
 自分事で言えば、chikaなんか高校もまともにいかずにフラフラ、非行じゃなく淫行を重ねてた人間だから、超低学力、字もまともにかけない。でも小説は好きだった。これがPCがない時代だったら絶対にWEB小説なんか書けてない。
 ・・・まあここではその事の是非はさて置き、それでもプロとアマの差はやっぱりあるんですよ。
 それはつまりホントの「才能」。
 逆に言えば、昔は素人が手出しできない部分が出来るって事だけで「プロ」と呼ばれてた要素がなくなったから、今必要とされる「才能」は、よりシビアに問われているんだって思うんだけど。
 そんな時代の中の「第1回カクヨムWeb小説コンテスト」だって事なんだけどなぁ。
 金と名誉でワナビを釣るのも結構なんだけど、その目的は、形態の拡張や、変化を含めた「出版」の為なんでしょ?
 だったら、もちょっと「才能」をちゃんとピックアップしなきゃ。
 巷ではカクヨム自体のコンテスト企画が、「最初からの出来芝居」って話さえ沸いてるけど、そんならそれでカクヨムさんのは凄くコスパの悪い「出来芝居」だとしか言えない(悪)。しかも下手するとカドカワのブランドを相当、低下させる可能性を持ってる。
 つまり、「カクヨム」さんは、今の状況をなんとしてでも早急に改善しなきゃならないって事ですよ。

 

PS あっ最近、このシリーズの文章を書いてる手前、自分の投稿小説の宣伝活動は控えてたんですが、4月1日あたりから再開します。

 しばらく「カクヨム」ウォッチは続けたいので、同じ見るなら、出来るだけ問題の核心に近い席で見たいという事で、ハハハ、今、週間ランキング外なんですよ。歌舞伎座なら幕見席ですね。せめて三階B席くらいからウォッチしたい(笑)。

 ついでに言っておきますが自分の実力は判っているつもりですよ。活字中毒が昂じて自分で文章を書き始めた人間なら何が凄くて何が凄くないかくらいは判るもんです。ランキングで言えば、上には上がちゃんといらっしゃるだろうけど、自分で凹んだり嫉妬を感じるには「物差し」が違いすぎる作品もchikaの上には一杯ある(笑)。
 もし女の子、あるいは女性の方でこの記事読んでて、カクヨムにも関わっておられるような方がいれば、高村薫さんとかも勉強してみてください。ラノベのスタイルとかBLとかであっても、高村薫さんの技巧に学ぶ事は一杯ある。女性で男性以上の男を書ける、まさに「才能」。
 そして、ああいう凄さを持ったプロ作家さんは他にも一杯いらっしゃる。

 で、言っちゃなんだけど「アンタ、なんで作家面してんの?運がよかったのね。運も大事だよね~」って人もネ。
 まあどちらを目指しても、人の人生、とやかく言う事ではありませんが。

 

 

ニューハーフな心で世界をおしおきよ!!