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ニューハーフな心で世界をおしおきよ!!

真田丸 第11回 「祝言」

 普通にやっても秀逸だったろう室賀逆暗殺シーンに、無神経きりチャンをわざわざ持って来て、視聴者のお腹をきりきりさせるたぁどうゆー了見でぇ、ええっ、三谷脚本(笑)。

 ってホント、冴え渡ってますね「真田丸」の三谷脚本、なんだかこの大舞台で自分の脚本上でやりたいことを全部やっちゃえみたいな企みさえ感じますよ。
 最初の頃はイマイチ、三谷脚本が、何故「きり」を投入するのか良く判らなかったし、公式なインタビューでは「現代感覚を、きりで意識的に持ち込む」とか、それらしい事を言ってたような気がするんだけど、そんな事の為だけに、わざわざ時代劇ファンに批判を買いそうな仕掛けを三谷さんがするんだろうか?って思ってたんですよね。

 きりって、演劇空間の中で、瞬間的なスクラップアンドビルドをやるための装置なんですね!それで見てる方の興奮度ってか、位相が変わる。
 新築上田城へ招き入れた室賀に、浜松行きのことをそれとなく(いやがる)源三郎を使って、様子伺いをさせる昌幸あたりから始まる、乾いていて残酷でしかも滑稽な陰謀劇は何時も通り。

 今回はそれに加えて、珍しく出浦昌相の非情さを現代的なアクションカットで取り入れ、厭が応うにも緊張を盛り上げ、室賀と昌幸のやり取りで視聴者の心を引きいれ、、、って普通なら、それで一杯一杯なのに、そこにきりという異物がぁ(笑)。
 で視聴者がヘロヘロになっているところに、昌幸と味わい深い別れをした筈の室賀が、「やっぱり」って感じで昌幸に襲いかかり、結局、出浦が瞬時に反応、ついで源三郎が内記が、もの凄い速攻でよってたかって、、。廊下にべったり室賀の死体が張り付いてます。
 で、その場面を一番見せたくないきりが、この惨劇の一部始終を見てて、大騒ぎ。

 凄いよ、このスピード感。

 しかも視聴者の方も、惨殺を目の前で見せれてるのに、「えっ?ひょっとして、もしかして今のコメディだったの?」みたいな不思議な後味。

 でもこの遣り口、考えたら過去の「新選組!」にもその原形みたいなのがあるんですよね。

 この前、たまたま「新選組!」の芹沢鴨暗殺回を見直してたんだけど、土方、山南、原田、沖田が鴨の暗殺を仕掛ける前後に、ちょっと余分かなって思える程、女子どもの絡みがある。

 その時は、鴨とお梅との関係描写の為かなって思ってたんだけど、おそらくそれ以上に、三谷脚本には、ああいった戦闘・闘争は「異次元空間」で行われているわけじゃなくて、日常の端っこで起こるんだっていう強い前提があるんだと思う。
 で、そういうスタンスがある人が、暗殺シーンなんかを「如何に面白く見せるか」って事に知恵を絞って来ると、今回のような展開になる。

 こうやって感想なんかで分析して見るのは簡単だけど、この脚本を書いた三谷さんの技量は凄いですよ。多分、自分で映画を撮った経験が凄く生きてるんだろうと思う。

 頭で考えたのと、見えるモノとでは差があるし、その差を逆に利用する事も出来るし、、だってこの回の、きりを演じたウザい「長澤まさみ」が、ドンピシャハマってたでしょ(笑)。

 きりがウザいウザいって巷で言われる程、三谷さんは脚本で自分の好きな仕込みが出来てそれを爆発させられる。
新選組!」の脚本書いていた頃の三谷脚本と比べて明らかに進化してる。

 ってか他の脚本レベルと比べても新境地に突入しつつあるんじゃないかと思う位の「真田丸」なんですが、一つだけ心配な事が。
 それは、源次郎が、「父の策を見抜けなかったことだけがショックだった自分に嫌気がさした」という自己嫌悪を吐露したした事と、そんな弟の肩を抱いて源三郎が「それでも我々は前に進むしかないのだ」と言ったラストシーン。
 これって、今回のエピソードでこれだけの展開をして見せた三谷脚本が、語るべき台詞だったのかなぁ?と何か妙な違和感を覚えるんですよね。

 二人の掛け合いに見られる思考回路は、まさに三谷氏のモノに間違いとは、思うんだけど、だからこそ、「ん?」って感じたんだけど、気のせいかしら。

 

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