フォーゼの敵をキルラキルで討つ
『フォーゼの敵をキルラキルで討つ』ってなんのこっちゃ(笑)。
いやー佐緒里ちゃんが紹介してくれたキルラキル、面白い~っ。
特に第4話の「とても不幸な朝が来た」は笑った。
スプラスティックコメディって日本人にはあんまり得意な分野じゃないと思うんだけど、あの乾いた狂気ってか砂漠めいた馬鹿馬鹿しさで、すっ飛ばして行けるのがキルラキルの、いや中島かずき氏と、このアニメチームの良いところか。
「勢いとハイテンション。理屈なんていらねー」みたいな(笑)。
しか~しそれを「仮面ライダー(江戸)」でやるのは無謀だったネ。
でも「キルラキル(長崎)」なら、充分オーケー!
まあその差って敢えて言えば、「仮面ライダー」で許されないコトでも「GARO」なら許されるって感じなのか(笑)。
所でキルラキル見ててバリントン・J・ベイリーってゆー人の書いたSF「カエアンの聖衣」を思い出しちゃったよ。
SFに熱中してて、それがミステリーとかハードボイルドの方に読書傾向が移行しかけた頃に読んだやつで、それも大昔だから、細かい内容はあんまし覚えてないんだけどね。
最初に禅銃(ゼンガン)ってゆー、おバカなタイトルに轢(惹)かれて彼の作品を読んで、「まあまあだね」とか思ってたら、SF版服装倒錯物語な「カエアンの聖衣」を知って、その頃は充分、オンナノコしてたワタクシ的には「これゼッテー読む!」ノリでむさぼるように読んだ記憶がありますです。
結果、あんまし大したコトなかったけどね(笑)。
SF版服装倒錯の部分は観念的だったし、ワイドスクリーンバロックのスペースオペラったって、この頃は映画のビジュアルパワーの方がテキストパワーを上回り始めた頃だったから、それほど面白いと思えなかったんだと思う。
まあそんなウガリ見方でキルラキルのコアの一部を語るなら、あの巨大な太字フォントじゃなかった、「語彙使い」じゃないかと思うんだよね。
「人衣一体」神衣鮮血とか、それに対して「人衣圧倒」神衣純潔とかね。まさに中島かずき氏の生理感覚ってかノリでしょアレは(笑)。